ハルカーゼソヨフークー


今年は心なしか例年より随分と早くぽかぽかした陽気がやってきたように思う。これは釜ヶ崎の人たちにとってはとても切実に有難いことだ。季節は万人に平等に移り変わっていく。
茶色と白に分かれた正面の建物は、実は一戸の建物が真ん中で分割されて別々に使用されている。最初、いこい食堂の改装の話が出たとき、私は寄付金を募って建て替える方が手っ取り早いのではないかと早とちりして考えてしまったが、こんな条件からもそれは無理な話だった。





表を通りかかる人たちが興味深そうに中をのぞき込んでいく。私が現場に行くと、ニッカボッカにチョッキを着た背の低いおじさんがよくこの前でたむろしている。チョッキの背中に、赤や黒で何やらスローガンめいたことがいっぱい書いてある。先日も、自動販売機で買った飲み物を手に、何か大きな声で喋っていた。チェ牧師が、ワタシハかふぇおれガイイデス、と話しかけると、おじさんはポケットから百円玉を出してカフェオレを買い、チェ牧師に手渡していた。チェ牧師はこのあたりではとても人気者だ。





タクミさんの手にかかると、ほれ、この通り。メカタさんやゴウダさんたちは小躍りするだろう。工事の間、炊き出しは、メンバーが所属するそれぞれの教会で調理したものを毎日ここに運んでくる。





この人たちはまだ一巡目なのだろうか、中には二巡目らしきような人も・・・





このあいだの月曜日、現場に行ったついでに私も少しだけ炊き出しを手伝った。その前日がキリスト教イースター(復活祭)だったので、各教会からゆで卵が山のように届けられていた。十分に沢山あったので、チェ牧師にいわれる通り、プラスチックの椀に雑炊をついでもらった人たちに2個ずつ手渡していった。ところがいつまでたっても列は途切れず、途中で足りなくなると判断し、ひとり1個ずつに切り替えた。切り替わった最初の人は少し不満げなことを口走ったが、その次の人からはもう普通に受け取っていった。ただ静かに受け取る人たちが大半であったが、ありがとうと声を上げる人たちも少なからずいた。おおむね老人というような人たちであったが、明らかに二十代前半と思われるような若者もひとり混じっていた。自分の荷物と雑炊の入った椀で両手がふさがっている人がいたので、ここに入れましょうといってジャンパーのポケットを覗くと、そこにはすでに先客のゆで卵が1個収まっていた。先にゆで卵、しばらくして雑炊も底をついたので、ハイキョウハココマデデス、とチェ牧師が腕で列を遮った。まだまだ続いていた列は何ごともなかったようにほどけて散らばった。毎日すべてがこのように淡々と行われているのだろう。





厳密にいえば、釜ヶ崎と呼ばれる地区からは少し離れた場所にこの人たちは野宿している。炊き出しの列に並ぼうとする気配もない。こういった人たちは犬と一緒に暮らしている場合が多い。





今日、久しぶりに援農に参加した。ここ2,3ヶ月、毎週土曜日になると、雨が降っていてはほっとし、そうでなければ勇気を振り絞ってベッドから出、出かける用意までしておきながらやっぱり駄目だとまたパジャマに着替え直し、あるいはベッドから出ることすらできない日が続いていた。
本日出荷分のもぎたて新鮮タマネギをひと畝分だけ収穫。たぶん2千個弱。
なんというさわやかな暑さ、さわやかな疲労感。もう大丈夫、たぶん。





本日のチャンピオン。横は径72ミリのレンズキャップ。





今日収穫した分の1割ほどがB級品として炊き出し用に釜ヶ崎に持ち帰られる。品種が違うのか、何か別の条件によるのか、以前タマネギを収穫したときの印象からすると随分と歩留まりがよくなったような気がする。B級品といえども外形に難があるだけで、品質そのものは完全有機栽培、そのままでも囓れるほど(囓ったことはないけれど)だ。月曜日には釜ヶ崎の人たちの口に入るのだろう。





これからの豊穣の季節に向けてさまざまな野菜の苗作りが行われている。こんなにチビなのにもう一人前のパセリの姿をしている。





何か分かるかな。(答えは一番下。)





これが何の野菜か分かった人は凄い。ただしあなたが農業従事者ではないとして。(同)





ネットでこの話を書くのはこれで二度目だ。もう随分以前に新聞か何かで読んだことなので今でもそのまま通用する話かどうかは分からない。
海外に赴任している日本人が最も郷愁を感じるのがこの風景をうたった唱歌だという。
ナノハーナバタケーニーイーリーヒウスレー、ミワタースヤマノーハーカースーミフカシー・・・。
酒場などでこの歌を口ずさみながら涙ぐむ人がやたらといたそうだ。そんな情景を思い浮かべるだけでこちらまで涙ぐみそうになる。




ウソです。ごまかされましたね、あなた。(同)





ひとり黙々と作業するカワノさん。よく一緒に援農に参加する釜ヶ崎の生き字引きのようなアベさんが、カワノさんのことを、とてもいい顔をしているといつかいっていた。私も本当にそう思う。笠智衆でもなく、殿山泰治でもなく、志村喬でもなく、大滝秀治でもない、彼らの風貌の枯れた魅力すべてを兼ね備え、それでいていまだ赤銅色の生気が滲み出ている。生い立ち、いない訳ではないであろう肉親、故郷、そして釜ヶ崎に流れ着いた理由。何も私は知らないが、たぶんいま、カワノさんはすべてを置き去りにして、この世の誰よりも穏やかで着実な生をこの地で生きている。それは、閑かな入江の夕暮れ時を想わせる。







今日のYoutube
The Brothers Four 「Green Leaves of Summer」

上の写真から、葉の細い方はトウガラシ、大きな双葉はカボチャ。
次の写真はゴボウ。
菜の花のように見える写真は実はブロッコリ。あのつぶつぶが育ちすぎるとこのような黄色の花になる。ちょっと変だとは思ったのだが、私もすっかりだまされた。