こうして街はできてゆく(1)

ディープサウスからは外れるけれども、今日から2日間にわたって、大阪のある地区がこの35年ほどの間にどのような変貌を遂げてきたかということを述べてみようと思う。激変という言葉でも追いつかないほどの変貌ぶりで、それは、あるたった一つの建物が持っていた特殊なイメージから出発し、しかも理解するに極めて容易でシンプルなストーリーを辿ってきた。にもかかわらずそれは、いわば机上の計画学などによっては絶対に再現不可能な、不可逆の、奇跡的ともいうべき都市物語であった。しかも物語はまだ続いている。




以前は木場だった浪速区幸町。右のトタン葺きの建物は、つい最近まで製材所だった。右側の家並みの背後には道頓堀川が流れている。この先にもう一軒材木屋が残っているが、いずれこの街からは木場だった痕跡はすべてなくなってしまうだろう。ほんの少し前までは、この通りには製材所や材木問屋、鉄工所、塩ビ管卸業など、おもに建設業関係の工場や倉庫が建ち並び、それらの間に平屋や二階建ての木造住宅が少しづつ挟まっていた。
これから辿る界隈も、かつてはおおむね似たような地味な状態にあった。この写真からその様子を想像し、頭に入れておいていただきたい。





上の地点からひとまず150メートルほど西へ移動。右の焦げ茶色の建物は、この地区にはまだ少し不似合いな、若者向けの喫茶店。できたのは多分今年に入ってから。以前はごく平凡な平屋の木造住宅が建っていた。左の白っぽい建物は15年ほど前にできた何かの事務所兼住宅。





同じ箇所を北側から見る。土蔵風の建物は、以前は手前左側で営業していた看板屋に付随していた。ひどく老朽化し、壁に“何でもあります 無いものもあります”などと書かれた張り紙がしてあった。現在は、その向こう側にできたイタリアン・レストラン(正面が黒っぽいガラスの建物)に買い取られて補修され、レストランの一部として利用されている。あのレストランが、現在のところ、この都市物語の出発地点からおそらく最遠の地にあたる。
ここから道頓堀川にかかる幸橋を北に渡って東へ方向転換し、あみだ池筋を越える。写真の地点からそのあみだ池筋までは、新規にできた若者向けの店舗はまだまばらに続いているだけ。





あみだ池筋の入り口から立花通り商店街を見る。この商店街(現在はオレンジ・ロードというらしい)は、以前は家具屋、仏壇屋、欄間屋などが建ち並ぶ専門店街だった。家具屋の大半は箪笥や食卓などのいわゆる結婚家具を扱っていて、人々のライフ・スタイルの変化や幾度かの不況の波をもろに受け、廃業や倒産する店も相次いでいた。街の表情は沈みがちで、人通りもまばらだった。
随分以前、阪神タイガースに爪楊枝を咥えた助っ人と呼ばれたカークランドという元大リーガーがいた。彼が在籍していた頃より大分後のことだったと思うが、この商店街は、苦肉の策として、自らをカーグランドと称するようになっていた。最寄りの地下鉄の駅に着くと、“家具の街カーグランドへお越しの方はここでお降り下さい”などという車内アナウンスを聞かされ、耳元が赤くなる思いがした。
当時は商店街で働く人たちのためのしもた屋風の食堂が1,2軒挟まっていただけだったが、今ではこんな西の端までフランス料理のレストランなどもできている。このあたりではまだ大部分を占める家具屋も、一斉に品揃えやインテリアを若者向けに変え、なんとか人通りを取り戻すことに成功したようだ。





以前のこの街の雰囲気をそのまま残す佇まい。といってもまわりはもっと荒んでいてこんな上品なものではなかった。





地場産業のように欄間屋も何軒かあり、かつては当然のようにごてごてした彫り物の欄間を売り物にしていた。だが押し寄せてくる波に逆らえず、残っている店も現在はその気配を隠してカラフルな彫り字の看板などを売り物にしている。持てる技術を使って生き延びるのに必死になっているのだろう。
物語はこのまま東へと遡及していく。





私が確認できた限りのただ一軒残っていた仏壇屋。店内の様子はとても落ちつていて、品格というものまで漂っているようで、並々ならぬ誇りのようなものを感じさせた。だがまわりはすでにひどく派手なブティックやアクセサリー・ショップ、レストラン、カフェなどで包囲されている。





ほんの10年ほど前までは、このあたりもまだひどくうらぶれた結婚家具と仏壇の専門店街だったのだ。





それぞれの派手な店舗からは派手な音楽が大音量で流され、視覚的なものだけでなく聴覚的な風景も激変した。





仏壇屋のファサードをそのまま利用したブティック。そんなアイデアでさえ、もうこのあたりまで来ると別段斬新なものとも思えない。





ほぼ1キロに及ぶ立花通り(間になにわ筋という道幅が50メートル近くある通りを挟んでいる)は、西端の家具屋街から東端のブティックやカフェなどが立ち並ぶ界隈まで、その階調が徐々に移り変わるグラデーションをなしていた。ところが四ツ橋筋を越えると、物語は一挙にクライマックスに突入する。





今日のYouTube
The Beatles  「In My Life」