雲助街道を行く

30年ほど前、この道のことを雲助街道と呼ぶと友人に教えられた。教えてくれたのが少々虚言癖のある男だったので、本当かどうか疑わしかったが、まさにその言葉通りのイメージだったので、それ以降、私はこの道を必ず雲助街道と呼ぶことにしてきた。頻繁に飛び出し事故はあるわ、いかさまタクシーは徘徊するわ、ダンプカーは乗用車にいやがらせ運転をするわ、というようなことではもちろんない。だが、確かにある種の恐怖感を抱かずには車を運転できないような道で、そしてその気味はいまも少し残っている。ただ、通行する車の数と種類、そして車輌の光の反射率はあの頃よりも格段に増加した。
新なにわ筋堺市の北西端から大阪市福島区まで、大阪の道としては異例に曲がりくねりながら繋がっている。
これ以上それらしい道路は滅多にないのではないかというほどの、いわゆる産業道路であった。というより工業道路、いや、重工業専用道路といった方がふさわしかった。印象としては、通行している車輌の8割以上が大型トラックや大型ダンプであった。径や背が何十センチもあるような丸太やH形鋼、巨大な鋼鉄の加工品などを積んだトラックがばんばん行き交っていた。そんなトラックに前後を挟まれてヒヤヒヤしながら乗用車でこの道を運転するのが私は大好きだった。
だがこの30年間、大阪の都市政策がこの地に適正に作用していたとは思われず、つまりほぼ自然の変化に任せられてきたため、熱力学第二法則はその鉄の掟を守らざるを得ず、エントロピーは増大し続けた。トラックの轟音と排気ガスと両側に立ち並ぶ巨大工場群。私の大好きだったあの光景に、いつしか乗用車、軽トラック、営業用バンなどが大挙して割り込み始め、トラックたちもやむなくぴかぴかと磨き上げられ始めた。雲助たちは髭を剃らされ、我が物顔に乗用車を威圧しながら走行していた運転も、紳士的たらざるを得なくなった。しかもこの道路を利用していた周辺の国産木材業者が輸入材に押されて撤退していったのであろう、その産業構造の変化もこの道路に端的に現れていて、かつては最も目立っていた巨大丸太を山積みしたトラックを、まったくといっていいほど見かけなくなった。両側に居並んでいた工場群も、あとから入ってきた無体なミンシュシュギ的新興勢力に気圧されて尻込みし始め、その退いたあとに、あろうことかファミリー・レストランや回転寿司の大型店などが次々と幟を上げていった。




北津守。この突き当たりを右に行くと、曲がりくねりながら芦原橋を経由して市内に通じていく。左へ行くと神戸に向かう国道43号線。





津守。巨大ホームセンター。この少し南にもう一軒別のホームセンターができている。こちらの方は1店舗だけだが、もう一つの方には敷地内にマクドナルドが2店舗入っている。





セレッソ大阪の練習場。大勢の子供たちが練習をしている。見物客を当て込んでイタリア料理のレストランが併設されていたが、やはり雲助街道にはお洒落すぎたようで、喫茶部門だけを残して大分以前に閉鎖されてしまったようだ。





雲助街道の少し西側を平行して流れる木津川。見えているのは千本松大橋。あの橋とそのたもとの地区については、いずれ冬が来るのを待って満を持して取り上げる予定。なぜ冬まで待たないといけないかはそのときに分る。





対岸に停泊している落合下の渡船。大阪湾岸にはこのような渡船がまだあちこちに残っている。朝6時台から夜7時台まで、15分ごとぐらいに運行されている。もちろん無料。





渡船を待つ男の子。





ここはやはりはやりのピカチューなどよりは絶対にゴジラだ。時代といい、巨きさといい、危なさといい。どうしてこんな気の利いたことのできるひとがこんなところに住んでいたのだろう。いや、こんなところだからこそだ、まったく。





北加賀屋。そろそろ、住宅地という気配さえ漂い始める。





住之江競艇場。土曜日の午後(だけではないと思うが)、ある時刻になると、この辺りの光景は一変する。新歌舞伎座の足許にほぼ毎夕、突然おばさんたちが大量出現するのもそうだが、理由を知らないでそういう場面に出くわすと、ひどく驚くし、そういう驚きを私はとても好きだ。





大和川。この橋を渡ると堺市





堺市三宝地区。子供の頃、たまに自転車で遠出してこの辺りにやってきた。工業立市(?)を目指していた堺市では、工場群はあちこちにあって珍しくもなかったが、それでもここは別格だった。塵埃が宙に舞っているのがまさに目に見えていて、空気はいつも黄色や茶色だった。大袈裟な話ではない。現在の中国の一部でそれと似たような状況があるらしいことを、さも蔑んだように言挙げする向きもあるようだが、数十年前、この国も確かに同じような道を辿っていたのだ。だから、現在、この雲助街道が見せている表情とよく似た表情を、その中国の雲助街道も、きっと近いうちに纏うようになることは間違いない。




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Mountain   「Nantucket Sleighride」