花たち

ここ数日、先日の図書館に行って勉強するというような習慣が身についた。というよりも身につけようと努力しているといった方が正確だ。夜、あまり眠れないので、頭の芯にどうしようもない眠気のようなものが残っていて、しかも図書館の居心地がよく、すぐに眠くなってしまう。せいぜい2時間くらいしか頑張ることができない。
毎日、違った印象を受ける。すべてが一室に収められたような小さな図書館なので、こんな静かな空間でもいろんなことが伝わってくる。
一昨日は少しざわついたことがあった。受付の女性が、映像ライブラリーのコーナーで映画らしきものを見ていた初老の男性に、制限時間の2時間半がたったのでもう終わって下さいと告げていた。男性は何のことか分らず、あと10分だけといってそのまま見続けた。しばらくして女性がもう時間だからと男性をせき立てた。男性は、帰り際、そんな規則はどこにも書かれていないし知らなかったと女性に少し強い口調で抗議した。男性が退いた席に今度は子供二人が陣取った。うがちすぎかもしれないが、女性の馴染みの者か、近親者といった具合の子供たちだった。子供たちはかなりの時間をかけて今日はどれを見ようかと検討し合い、その間、大きな声がずっと館内に響いた。少なくとも私にとっては最初の男性がそのまま見続けてくれていた方がずっと有難かった。だが女性は子供たちには一言の注意もしなかった。
昨日、私のとなりにいた男性の手許を見て驚いた。年齢は多分60代後半ぐらいの人だろう。何かの専門書のような分厚い本と辞書2冊をそばに置き、メモ用紙に次々と細かい数式か化学式のようなものを書き連ねていた。しかもそんな用紙がもう何枚も重なっていた。ひどい偏見に満ちた書き方になってしまうが、その風体、風貌からは、とてもそんなことをするような人物には見えなかった。場所柄、そして時節柄、先日も書いたように、涼しいところで休憩することが主目的のような人ばかりが集まる図書館で、その人物も、おそらく釜ヶ崎から涼を求めてやってきたのだろうぐらいに私は思っていた。とはいえ、実際に釜ヶ崎からやってきていたとしても、それを不思議に思う筋合いなどどこにもない。ひどい先入観だとあらためて反省しなければならなかった。以前にもどこかで書いたことがあるが、釜ヶ崎には、驚くべき教養や知性を持つ人は少なくない。
いつも必ず机に突っ伏して眠っている若者がいる。深々と眠る様子、いつも同じ席ということから判断して、明らかに彼はインターネット・カフェ難民ならぬ図書館難民といっていいような気配だった。夜勤が終わった後、ここで眠り、夕方になるとまた勤めに出て行くのだろう。図書館の人間もそれを容認しているのか、あるいは注意することを諦めたのか、ひたすら彼は眠り続け、まわりの者もみなそれを気にも止めていないような様子だった。ところが今日はなぜかその若者の姿が見えなかった。
そのかわり、お盆に本格的に入ったために仕事がなくなったのだろう、釜ヶ崎の日雇い労務者と思しき人たちが今日はとても多かった。いつもとは違う4人掛けの丸テーブルの席が一つだけ空いていたのでそこに座った。正面の男性は、ハードカバーの小説を顔の前に掲げて読んでいた。梁石白の「雷鳴」という小説だった。右隣りの男性は、明らかに手当たり次第といった感じの本を何冊かテーブルの上に置いてぱらぱらとめくり、そのうちうとうとし始めた。どちらも老人といった方がふさわしいような年齢だった。左隣りの男はもっと若く、40歳前後と思われた。誰よりも釜ヶ崎から来たことが明らかなような風体で、栄養管理がちゃんとできていなさそうな、腹回りの大きな男だった。つい観察するともなく観察してしまったのだが、手もサンダル履きの足も、爪がひどく伸びていた。爪の裏側も薄っすらと汚れていた。だが3冊の本をテーブルに置き、その一冊をかなり熱心に読み耽っていた。どういう内容の本かは分らなかったが、小説や漫画でないことは確かだった。15分くらい毎に席を立ち、しばらくすると戻ってきた。玄関前にそういう人たちが何人かいたので、煙草を吸いにいっていたのかも知れない。戻ってくると、また脇目もふらず読み始める。一度、彼が席を立ったとき、テーブルに置かれた一冊の新書の著者名だけ読むことができた。広瀬隆だった。
こんな小さな空間のこんな短い時間にも、さまざまな人のさまざまな生の局面が、さまざまに垣間見えてくる。




花たち
花の名はぜんぜん分りません。




この花が咲くと夏が終わりになるとセシルがいっていた。





アニスという草。強い芳香があり、アニス酒というものも売られていた。異様に癖が強くて甘ったるく、とてもそのまま飲むわけにはいかないリキュールだった。歩いていると、汗の臭いに惹かれた小さな虫が顔のまわりを飛び回ってしょっちゅう鬱陶しい思いをしたが、試しにこの草をちぎって振り回してみると、虫は寄ってこなくなった。それほど強烈な香りがする。






おまけ。クモノスの花。





今日のYouTube
Tremeloes  「Silence Is Golden」
元々はフォー・シーズンズのヒット曲のB面に収められていた曲だが、トレメローズというグループの唯一といっていいヒットとなり、もう40年以上歌い続けている。