崩壊現場

きのうの夜、古くからの友人にあった。ひとりで設計事務所を営んでいる。ほとんどの業務を府から発注される仕事に彼は頼っている。だが仕事の内容は、設計事務所とは名ばかりの、現場調査や現場監理といったものがほとんどだ。いまでは末端の多くの設計事務所の業態は、世間の人が考えているのとはおよそ異なったものになっている。廃業した者も少なくない。もちろん廃業したところで、次のまともな仕事が待っている訳ではない。みんな生きるのに四苦八苦している。
いうまでもなく彼らはみんな一級建築士という資格を持っている。いま、この資格は、司法書士よりも取るのが難しくなっているとさえいわれている。そのための予備校のようなものがあり、東大や京大出身者でさえそうしたところに通わなければ取るのが難しくなっていると聞く。私がこの試験を受けた頃は、こんな誰でも取れるような資格のために必死に勉強して1回で受かるのは逆に恥ずかしいことだ、といった風潮まであった。だがいま、仕事上どうしてもこの資格が必要で、年間百万円にも届こうかという授業料を払い、日曜日を潰し、予備校に通いながら勉強する者が大勢いる中で、一方では廃業を余儀なくされ、宙に浮いたまま無用になった資格もいやというほどある。
友人は、ほとんどすべての仕事を入札によって得ている。いま、彼が従事しているのは、ある中学校の耐震補強工事を現場で監理する仕事だ。毎日、朝から夕方まで現場に張りつき、他の事務所が作成した設計図の通りに工事が行われているかを監理し、その報告書を作成する。取り敢えず9月末まではこの仕事に従事できることになっているという。だが、家族を養い、まともな社会生活を送るにはとても足りないような金額で彼はこの仕事を落札した。それでもこんな些細な仕事にも、入札には20社もの、それも名の通った事務所までもが群がってきたという。もちろんその工事自体にも、ごくつましい予算しか組まれていない。だが38の建設会社が入札に参加し、最低ラインに多くの会社が並んでしまったので、最後はくじ引きで業者が決まったという。バブルの頃、私の事務所で、総工費7億円ほどの建物の設計をし、ある大手の建設会社に見積もりを依頼したことがある。だがゼロが一つ足りないからといって断られた。いまは5百万円の仕事でも有り難がって取りに来る。
友人にはその後の仕事の予定はない。その不安、煩雑な業務、家庭問題、その他さまざまなストレスが重なり、円形脱毛症と過敏性大腸炎という症状に悩まされ、夜も満足に眠ることができないという。大阪だけの問題ではないだろうが、いま、建設業界の裾野全体が、このように腐食して始めている。
橋下知事が、府の財政再建のため、血も涙もない大なたを振るい、世間から喝采を浴びている。困窮していた大阪の財政を立て直した、このままいけばその名誉が彼に与えられるのだろうし、彼もそれが欲しくてたまらないのだろう。だが彼のやっていることは、中学生程度の算数ができれば誰にでもできるような、単に数字の帳尻合わせのようなことでしかない。いや、そうではない。誰にでもできるというようなことではない。自分の政治によってどういう弱者がどういう影響を受け、どういう新しい弱者を生み出すことになるのか、そういった人間としての当たり前の配慮もできないような人間にしかできないことだ。
もちろん、いい出した手前、今後、建設関連に回される予算も大幅に削られていくことになるだろう。常に悪業ばかりが言挙げされる建設業界だが、その裾野は、私の友人のような零細設計業者や下請け仕事しかない大量の弱小工務店が構成し、そしてそのさらに下に、釜ヶ崎の日雇い労務者たちが大挙控えている。もちろんこれは橋下氏だけの責任という訳ではないが、いま、彼らの息の根が止められかかっている。それに手を打たれるような気配も状況もまったくない。


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Mel Tormé   「Comin'Home, Baby」

本文とは何の関係ありません。せめて音楽だけでも陽気なものを。